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仙台高等裁判所 昭和26年(ナ)20号 判決

原告 高橋藤八

被告 岩手県選挙管理委員会

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は「被告が照井誓外四十六名から提起された昭和二十六年四月二十三日執行の和賀郡横川目村長選挙の効力に関する訴願につき同年八月三十一日した裁決はこれを取消す」との判決を求め、その請求の原因として、

一、原告は昭和二十六年四月二十三日執行された岩手県和賀郡横川目村長選挙に立候補した者であるが、右選挙における立候補者は原告のほか菊池芳雄、名須川勉の二名で、開票の結果投票総数二千七百十九票そのうち原告の得票数九百九十二票、菊池芳雄の得票数九百五十四票、名須川勉の得票数七百二票、ほかに無効投票七十一票あつたのである。しかるに右名須川勉は当時同村議会議員の公職にあつたから、公職選挙法第八十九条第一項により在職中公職の候補者となることができない者であつたが、同人は右村議会議員たることを辞さないで立候補したものであつたので、選挙会においては同法第六十八条第一項第二号の規定により同人に対してされた投票を無効とし、その結果原告は有効投票総数千九百四十六票の八分の三以上にあたる投票を得たものとして当選人と決定されたのである。しかるところ昭和二十六年四月二十七日照井誓外二十二名から横川目村選挙管理委員会に対し右選挙の効力に関する異議の申立をし、同年五月一日右異議申立却下の決定があつたが、これに対し同月二十一日照井誓外四十六名から被告に訴願した結果、被告は同年八月三十一日右決定を取消し右村長選挙を無効とする旨裁決し、右裁決書は同年九月一日原告に交付されたのである。

二、しかし被告のした右裁決は次の理由により違法である。

(一)  名須川勉の立候補は推薦の届出によるもので選挙長においてこれを受理し告示したものであるが、この点について公職選挙法第二百五条にいう選挙の規定に違反する事実があつたものということはできない。何となれば立候補の届出書又はその推薦届出書の受理については選挙長に立候補制限の有無を審査する権限も義務もないのであるから右受理及び告示はいずれも適法且有効というべきだからである。しかも本件においては立候補の推薦届出書に別紙目録記録のような「公務員のまま立候補することのできる証明書」と題する書面も添附されていたのであつて、選挙長は候補者に被選挙資格があるものと信じて受理したのである。若し選挙長に届出書の受理について審査義務があるとすれば、その手続について法律に規定がなければならないのであるが、この点の規定は全くない。選挙長が届出書毎に審査しその審査が済まない間は選挙を進行させることができないとしたら、事務の渋滞は著しく、事実上選挙の執行は不可能となることは明である。又公職選挙法第六十八条第一項第二号によれば、第八十九条(公務員の立候補制限)の規定により公職の候補者となることができない者の氏名を記載した投票は無効とする旨定めてあつて、立候補者の中に第八十九条の規定に違反する者のあることは当然予想されており、かような場合はその候補者に対する投票のみを無効とするというのであるから、右規定は結局選挙自体の有効であることを前提としたものであることは明である。若しこの場合に同法第二百五条という選挙の規定に違反するものとし選挙の無効を免れないものとすれば同法第六十八条は全く死文となるのである。

(二)  仮に名須川勉の立候補の推薦届出の受理が選挙の規定に違反するものであるとしても、それは本件選挙の結果に異動を及ぼす虞がないものである。即ち立候補制限の規定に違反して立候補した者が当選した場合でもその者に対してされた投票を無効とするだけであつて、その投票が他の候補者に分散されるかも知れないとは考えないのである。従つて他の候補者の投票には影響がないのである。いわんや本件においては右規定違反の立候補者である名須川勉の得票数は最下位たる第三位となつているのであつて、かような場合に同人が右規定違反の立候補者であるという理由で選挙の結果に異動を及ぼす虞があると解するのは常識に反するものである。又名須川勉が村議会議員を辞し、適法に立候補したであろうと推定しても選挙の結果には何等異動を生じなかつたことになる。若し名須川勉が立候補しない場合には同人に対してされた投票は他の候補者に帰属するとされるかも知れないがこれは別問題であつて、選挙の結果に異動を及ぼす虞があるとは本件の場合名須川勉を含めて立候補者三名の得票に現実に異動を生ずる場合をいうものと解すべきである。

三、以上により本件村長選挙を無効とした被告の前示裁決は違法であるから右裁決の取消を求める。

と述べた。(立証省略)

被告代表者及び指定代理人は主文第一項同旨の判決を求め、答弁として、

一、原告主張の一の事実は争わない。

二、同二の事実については、被告のした本件裁決に原告主張のような違法の点はないのである。即ち、

(一)  名須川勉の立候補届出が別紙目録記載のような証明書の添附された推薦の届出書によつたものであることは争わない。しかし、右証明書は名須川勉が横川目村議会議員であることを証明したものに過ぎないから、これによると同人は在職中立候補することを禁止された公務員であることが形式上明である。従つて同人の届出書は同人が右在職中である限り選挙長において受理すべからざるものであつて、これを却下すべきものである。しかるに選挙長がこれを受理し告示したのは選挙の管理執行の違法を免れないから、公職選挙法第二百五条にいう選挙の規定に違反する場合に当るものというべきである。

(二)  右選挙の規定違反の事実は本件選挙の結果に異動を及ぼす虞があるものである。即ち、本件選挙における候補者原告の得票数は九百九十二票、菊池芳雄の得票数は九百五十四票であるからその差は僅に三十八票に過ぎないところ、名須川勉に対してされた投票は七百二票の多きに達している。これは名須川勉の立候補の推薦届出書が前示のように受理すべからざるものであるのにかゝわらず、受理告示されたために生じた結果であつて、若し同人の届出書が受理されず却下されていたならば、同人に対してされた右七百二票の投票は他の候補者である原告及び菊池芳雄に分散投票されたかも知れず、その結果両者の得票差の僅少である本件においては選挙の結果に異動を及ぼす虞があるというべきである。

三、以上により本件村長選挙は無効とすべきものであるから被告のした本件裁決には違法の点がなく原告の本訴請求は理由がないものである。

と述べた。(証拠省略)

三、理  由

原告主張の一の事実は当事者間に争がない。

同二の事実について審案するに、

(一)  の事実中、名須川勉の立候補届出が別紙目録記載のような証明書の添附された推薦の届出書によるものであることは当事者間に争がない。右証明書をみると、表題は「公務員のまゝ立候補することのできる証明書」となつているが、内容は名須川勉が村議会議員であることを横川目村長において証明したに止るものであつて、これをほかにしては何等の証明をもしているものでないことが明である。従つて右証明書は表題の如何にかゝわらず名須川勉が現に村議会議員であることを証明したものであることは疑を容れないところであつて、これによると名須川勉は、公職選挙法第八十九条の規定によつて在職中公職である村長の候補者となることができない地方公共団体の公務員に当る者であることは、届出書類の形式上一見してこれを知り得るものというべきである。

ところで同法第八十九条は在職中公職の候補者となることができない者を定めているのであるから、立候補の届出書又はその推薦届出書が形式上右に該当するものであるときは、選挙長においてこれを受理すべからざるものであることは同条の法意に徴して明である。かような意味で選挙長は届出書類の形式的審査権を有するものというべきである。尤も同法第九十条によると、右第八十九条の規定により公職の候補者となることができない公務員が公職の候補者となろうとする目的をもつて公務員たることを辞する旨の申出をした場合において、その申出の日から五日以内に公務員たることを辞することができないときは、当該公務員の退職に関する法令の規定にかゝわらずその申出の日以後五日に相当する日に公務員たることを辞したものとみなされるから、この場合は同施行令第八十八条第五項により立候補の届出書又はその推薦届出書にその旨を証明する書面を添えればよい。さもない限り在職中候補者となることができない者の立候補の届出書又はその推薦届出書は、その書類の形式上かような候補者であることが明である限り、選挙長においてこれを受理せず却下すべきであつて、若しこれをそのまゝ受理するときは後にその瑕疵が補正される場合は格別、違法を免れないものというべきである。本件についてみるに、名須川勉の立候補の推薦届出書に添附された別紙目録記載のような証明書により同人が在職中候補者となることができない者であることをその届出書類の形式からして一見して知り得るものであることは前示のとおりであるから、選挙長がこれを受理して告示したことは選挙の規定に違反するものたるを免れないのである。

尤も公職選挙法第六十八条第一項第二号によると、同法第八十九条の規定により公職の候補者となることができない者の氏名を記載した投票は無効とする旨定められているが、選挙長は届出書類について形式的審査権を有するに止り、その実質的審査権は選挙会においてこれを有するものであるから、たとえ届出書類の形式上違法の点がなく、従つて選挙長の受理行為が適法なものであつても、選挙会において実質上の審査を行つた結果、右第八十九条の規定により公職の候補者となることができない者と認めたときは、右第六十八条第一項第二号の規定により同候補者の氏名を記載した投票を無効とすべきものであつて、右第六十八条第一項第二号の規定があるからといつて公務員の立候補の届出書又はその推薦届書につき選挙長に何等の審査権もなく、又立候補資格の有無はすべて選挙の効力に関する問題でなく当選の効力に関する問題であるということはできない。この点に関する原告の所論は判示と反対の見解に立脚するもので採用することができない。

(二)  次に本件候補者中原告の得票数が九百九十二票、菊池芳雄の得票数が九百五十四票、名須川勉の得票数が七百二票であることは当事者間に争がなく、原告と菊池芳雄の得票数の差が僅に三十八票であり、この差数に比すると名須川勉に対してされた投票の数が極めて多数であることは計数上明である。これは名須川勉の立候補の推薦届出書が前示のように受理すべからざるものであるのにかゝわらず受理告示されたために生じた結果であるから、若し同人の届出書が受理されず却下されていたならば同人に対してされた右七百二票の投票の帰属如何によつては原告と菊池芳雄の得票数に影響を及ぼし、これがため本件選挙の結果に異動を及ぼす虞がないとはいえないのである。よつて前示選挙の規定違反の事実は本件選挙の結果に異動を及ぼす虞があるものというべきであつて、この点に関する原告の所論は到底採用することができない。

以上により本件選挙は結局無効たるを免れないから、これと同趣旨の被告の前示裁決は正当であつて、右裁決を違法としてその取消を求める原告の本訴請求は失当である。

よつて訴訟費用につき民事訴訟法第九十五条第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 谷本仙一郎 村木達夫 石井義彦)

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